エドモン・クレーマンのレコード

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クレーマンは素敵なフランスのテノール歌手であった。1889年パリのオペラ・コミークでグノーの「ミレイユ』にヴァンサンとして初演して以来、21年間この歌劇場の首席テノール歌手を務めた事実は、彼の実力を裏書するものであろう。

クレーマンのレコード吹き込みは、二種に大別される。最初はオペラ・コミークの主席テノール時代で、パリのオデオン・レコードのド・リュックス盤に5面録音し、『マノン』の『夢」はその中にも含まれている。これらのレコードは一枚も日本へは来て居ないと思うが、その為もあってビクター・レコードが輸入され始めてから漸く彼の美声と、優れた歌唱が日本の人々に知られるに至ったように考えられる。

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次の吹き込みは渡米中(1909〜1913年間)のもので、アメリカ・ビクターの初版カタログ(1910年7月)にはまだ彼の名は出ていない。彼の歌いぶりは極めて上品で、歌詞が明瞭で、声楽として完璧無類である。それは今度頒布される「マノン」の『夢』で最もよく発揮されている。B面の「イスの王様」はテノールのアリアであるが、嘗てメルバが吹き込んでいたので早くからこの歌の良さが知られていたと思う。このレコードはクレーマンの代表的レコードとしてふさわしいものである。

クレーマンは昔から極狭い範囲では在ったが、蒐集家達の間に認められていて、彼のレコードを所有することは一つの誇りでもあった。最近は又クレーマン熱が非常に高く、少ないレコードを競って争奪戦を演じている有り様である。彼のレコードがどうしてこれ程の人気を有しているかと言うと、あらえびす先生のご紹介も与つて力があるが、結局は彼の芸術味豊かな演唱が好楽家の間に理解されて来たからに外ならない。まったく彼の歌を味了し得た者は離れ難い愛着を覚えるに相違ない。この魅力は一寸パハマンやティボーのそれによく似ている。クレーマンの声は流麗で而も柔軟である。又表現が甚だ適確で、感情の繊細なことは他に類を見ない。これらが渾然と一つに溶け込んで言うに言われない芸術的な雰囲気を醸し出しているのである。

クレーマンのレコードはビクターの外にもオデオンやパティに相当吹き込んでいるが、我が国にあるのは殆どビクターのレコードと言って良い。ビクターのレコードは全部で9枚(片面)あるが、それらは一つとして屑が無い。中でも有名なのは歌劇『マノンの夢』で、この美しさは非常なものである。その故かこれだけは電気吹き込み後の今でも米ビクターの総目録の中に遺っている。

もう一つの『イスの王』のアリアは一般には余り注意されないレコードであるが、この難しくて而もその割に効果に乏しい歌が、かく迄美しく表現されていることは

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