カルヴェというと直ぐカルメンを思い出す程、彼女のカルメンは余りにも有名だ。
カルメンを得意とする歌手も少なくないが、併しカルヴェほど個性と魅力に富んだカルメンはないようである。早い話が例の「ハバネラ」のレコードであるが、あれを色々の人のと掛け比べてみて、沁々と彼女が天性カルメン歌手としての素質の持ち主であることを感じるのである。勿論若さとか、奔放さとか、或いは情熱とか言う個々の点に於いて、カルヴェ以上の魅力を持っている歌手は無いことはない。併しカルヴェ程、押し出しの立派な、又芸の大きなカルメン歌手を求むることは不可能である。
カルヴェの吹き込んだレコードはビクター系に18面、パティに14枚(両面)で両者を合わせても50面に達しない。
彼女が最初に吹き込んだレコードは1902年というから、メルバ同様英国グラモフォン(H・M・V)最初のレコードということが出来る。この時のレコードは10インチ6枚(いづれも片面)で、彼女の最も魅力あるカルメンの「ハバネラ」、「セギディーリャ」を含んでいる。この母型は後米国ビクターの創業の時に5,000台の番号で最初の発売となったが、程なく廃盤となってしまって我が国には殆ど来なかったと思われる。この貴重なレコードの一枚「ハバネラ」は東京の細田省五氏が珍蔵されているが、それは茶色のベルリナー・レコードで、中央の孔に真鍮の金具が入っている非常に珍しいものである。「セギディーリャ」の方は寡聞にして存在するを知らない。「ハバネラ」の方は1,907年の12インチ盤が日本に相当輸入されているので、彼女の名唱に接することが出来るが「セギディーリャ」はこれ一枚より無いので、今回の選曲に加えられた次第である。いづれもカルヴェ36歳の時の声で円熟時代のものであることが想像される。
1907年、米ビクターに4面を吹き込み、更に翌年8曲を録音してカルヴェはレコード界より引退してしまった。ダルモーレスとの二重唱「山の彼方に」はこの最後の年に吹き込まれた一枚で、20年以後カタログからカット・アウトされてしまった。従ってレコードも非常に少なく、蒐集家達にとって甚だ貴重なレコードとなっている。カルヴェの二重唱のレコードはこれ一枚よりなく、又このアンサンブルの美しさ、味の良さは到底言葉では言い表し難い。
メルバ、カルーソーの「ボエーム」の二重唱と共に、この時代の最も魅力のある重唱のレコードである。
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