水の精

ドビュッシーが愛娘シュシュのためにラッカムの挿絵入りの童話集を買い込んでいた。その童話集の中の『オンディーヌ=水の精』。ドビュッシーの最高傑作《海》のイメージはこれだ。ドビュッシーも少なからずインスピレーションを得ているだろうと想像する。
ラッカムが描いたイラストのオンディーヌは、妖艶に誘惑する。人間の男と結婚して魂を得たり、夫に裏切られると泡になってしまう彼女は『生きねば』という強い意志を放っている。
オンディーヌの心の中を表すように荒々しい波頭の間には、母親だろうか、赤ん坊の姿も描かれている。
関東が未曾有の大震災に見舞われた頃、ヨーロッパも動乱の中だった。大作曲家は波乱な人生を乗り越えないと、成れないのかドビュッシーも生い立ちからして波瀾万丈。
愛娘に絵本を買って一緒に過ごしている写真の白いスーツ姿だけを見ると、穏やかで聞いていてやすらぐからドビュッシーは好きな作曲家です。などと聴き方を間違ってるんじゃないかと説明したくなる場面が少なくない。シュシュの出生も興味深く、音楽に触れなくても男と女の映画が何本でも作るインスピレーションになりそうだ。
視力が落ちたからと手術してもらったら、これがとんでもない医者で視力を完全に失うことになった音楽の父と音楽の母。早世した神に愛された男。聴力を失い苦悩を乗り越えようと走った楽聖。ピアノが上達したいと自作した強制ギプスで指が動かなくしてしまった二重性格の男。料理を作って妻の手柄にしていたピアニスト。線路の音でダイアの調子を聞き分け、毎日汽車に乗れるからと新世界にやって来た田舎の肉屋のせがれ。学校の音楽の授業で先生が作曲家の話をしたら、キラキラと目を輝かせて生徒たちが憧れそうなことばかり。
幸いか、学校の授業で作曲家の話しとともに名曲鑑賞が出来るのはこの辺りぐらいまででしょう。有名な曲のフレーズはテレビのコマーシャルで使われて、耳馴染みがいいけどっていう作曲家については知らない、学校では聞いておくようにと言われたってぐらいの作曲家ではないだろうか。ワーグナーやドビュッシーの話はしないで済んだ、と先生は胸をなでおろしているだろうか。
ドビュッシーは降り注ぐ球の雨と、砲撃の大音響の中でパリのアパートの自分の部屋で壮絶な最後を遂げた。ちょうどNHK大河ドラマ『八重の桜』が会津城落城のところだが、思わず重ねあわせてしまう。

コメントを残す