南米の音楽が聞こえてきそうなジャケットのデザインだけどロシアの音楽のアルバム。1960年代に発売されたレコードに、亡くなる前のライヴ録音を追加してある。
ネイガウスに支持して同門のリヒテルとは親しかった。第二次世界大戦に翻弄されたピアニストの一人で、中国のハルビンで生まれ上海で活動をしているので日本の軍隊との関わりがあったのだろう。父はスパイ容疑で銃殺、母も収容所送りという悲劇に見舞われる。
当時は現代作品を取り上げるのに勇気のいる状況だったが、彼はプロコフフィエフやシェーンベルク、ヒンデミットなどの作品のソ連初演を行った。1980年代になり、ようやく西側諸国での演奏活動が許可され、世界的に高い評価を受けるようになった。58年ぶりの来日を目前にして、93年に亡くなった。
現代作品も今では特別と感じないピアノのポピュラーなレパトリー。敷居が高いと感じないで聞いて欲しい、モノラルで録音は古さを感じるがアナトリー・ヴェデルニコフの演奏は躍動的で耳を奪う。今、ペトルーシュカやプロコフィエフ、バルトークのソナタを学ぼうと思うピアノの学習者には良い手本となるはずだ。
Igor Stravinsky | Petroushka Suite |
Recording: | 1963, studio recording, Moscow |
Sergei Prokofiev | Piano Sonata No.5 |
Recording: | 1959, studio recording, Moscow |
Galina Ustvolskaya | Piano Sonata No.2 |
Recording: | 16.06.1992, live recording, Pinneberg |
Performer | Anatoly Vedernikov – piano |
Bela Bartok | Sonata for 2 pianos and Percussion |
Performer | Sviatoslav Richter, Anatoly Vedernikov – pianos Ruslan Nikulin, Valentin Snegirev, Andrey Volkonsky – percussion |
Recording: | 02.10.1956, live recording, Moscow |
十代なかばで両親と引き離され、海外での演奏活動が制限された。このことは、ロシア以外では存在すら殆ど知られないことの理由となった。
1980年代に入るとペレストロイカにより、ロシア(ソ連)以外での演奏活動もできるようになり、西側諸国での演奏会は好評を博した。ヴェデルニコフの演奏のレパートリーは広い。バロックからロマン派、印象派、現代音楽にいたるまでの音楽に精通していた。ピアノのペダルの使い方も足さばきの俊敏さに長けた秀逸さで、一つ一つの音が透き通って聞こえるヴェデルニコフのピアニズムは無二である。
マレイ・ペライアは長い演奏活動の中でバッハの《鍵盤のための協奏曲》の演奏は度々と重ねて深い理解の成果を録音している。それから10年経過しているけれども、これらの協奏曲を聞くことは、ペライアの豊かな経験を聴くことに等しく、その彼のアプローチには新鮮さがあります。
オーケストラはアカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オブ・セント・マーチン・イン・ザ・フィールズ)。長年共に演奏活動を行なってきた馴染み深いオーケストラと一糸ズレることのない演奏と優れたサウンドを味わえる。
単売の余白に演奏されていた曲を CD3 にまとめてありますが、この3曲がまた、なかなかに秀逸で面白い。このままに留めないで、さらに複数台の鍵盤のための協奏曲や、ブランデンブルク協奏曲に発展して欲しいと期待している。
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クープラン | 演奏会用の5つの小品 |
シューマン | アダージョとアレグロ |
メンデルスゾーン | ピアノ三重奏曲第1番 |
演奏者 | |
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パブロ・カザルス | チェロ |
ミエチスラフ・ホルショフスキ | ピアノ |
アレクサンダー・シュナイダー | ヴァイオリン |
香港の中心街公道で学生たちが続けている抗議デモ。9月26日から香港の高校生、大学生を中心に「真の普通選挙」を求めるデモが香港政府庁舎前で繰り広げられ3週間になる。学生たちが行動に陣取っているので政府は話し合いに応じないと姿勢を見せましたが、市民たちが日常の生活やビジネスに影響があると学生たちに撤去を迫る光景が中継される事情になったからだと推測しますが話し合いが行われることになった。
2014年10月21日に漸く香港政府側と学生代表との初対話が持たれた。学生たちの意識には『このデモや話し合いぐらいで進展はないかもしれないけれど政府に民意を伝えなければいけない』との声もあった。午後9時に話し合いは終了したようですが結論はすぐには出ない。
中東の方は距離が遠いだけに更に実感はないけれど“戦闘兵”は世界中に飛び火して、いつ何時身近でテロ事件が勃発するかもしれない。店々からは電気代と称して毎月一定額を集金している。アパートに戦闘員を住まわせて実質『支配』している。
子どもたちにはお菓子を上げたりして『洗脳』。この子どもたちが将来世界各地に広がっていくだろう。
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1966年10月21日、世界各地でアメリカのベトナム戦争介入に反対する抗議集会が開かれた。
戦争終結後、『国際反戦デー』として現在まで、その精神は受け継がれている。
それを象徴する音楽が、平和と人間愛を音楽で訴え続けた“チェロの神様”パブロ・カザルスが祖国スペイン・カタロニア地方の民謡を編曲した《鳥の歌》である。
カザルスはこの曲を、冷戦真っただ中の1961年11月13日、アメリカ大統領ケネディの招きを受けホワイトハウスで弾いた。
演奏前に彼は静かに語った。
私の故郷の鳥は、ピース、ピースと鳴きます。
パブロ・カザルス (1876-1973)
それは、あらゆる暴力に抗議し続けたカザルスの真情だった。
鳥の声を模したピアノのトレモロに導かれて奏でられるチェロの調べは、71年10月24日、国連総会議場で開かれた国連デーを記念する演奏会でも奏でられ聴く者の頭を垂れさせた。
《鳥の声》は今も悲惨な戦争に翻弄される人々の嘆きと悲しみを表している。[/notification]
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快刀乱麻の言葉が正に相応しい。アピールすべきをズバリ、堂々と誇らしげに表現している。
気がつけば半世紀ずっと君臨しているのは、流行や風潮に流されやすい世の中でガッツリ伝えたいことだけを強調した演奏だからでしょう。プレートル(90歳)自らも「私は単なる指揮者ではなく解釈者である」と述べていることから伝統的な演奏形式を踏襲しない解釈に関しては評価の分かれるところである。
しかし、2014年時点でスクロヴァチェフスキ(91歳)やマリナー(90歳)と共に1920年代に生まれた最高齢現役指揮者の一人であり、その高い独創性と華やかな創造力による比肩のない演奏は一聴に値する。かねてから手がけていたリヒャルト・シュトラウスのオペラに加え、様々なドイツ音楽との関わりを深め、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーの交響曲を中心に構成されたツィクルスでも伝統的な演奏形式を踏襲しない型破りの解釈だったことでも言える。
プレートルの知名度を挙げるひとつの契機となったマリア・カラスとの共演は、1961年に行われた『パリのマリア・カラス』の録音で、カラス本人がプレートルをお気に入りの指揮者として指名したことに始まる。カラスは歌手としてすでに下り坂にあり、実際にはコンサートツアーにおける13回の共演と18回のオペラでの共演記録しか残っていない。録音としても正式なスタジオ録音としては、ビゼーの『カルメン』全曲と、カラスにとって2回目のスタジオ録音であるプッチーニの『トスカ』全曲、フランス・オペラ・アリア集『パリのマリア・カラス』の3録音しか残されていない。
マリア・カラスの表現は、ビブラートもちょっと耳につく感じもあり、とにかくアクは強いです。技術的には完ぺきではないんですけど、音楽が生きていると言うんですかね。なんと言ってもプレートル/パリ国立歌劇場o.の音色にラテン的な明晰さがあふれているのがいいですね。しかも軽妙なリズムで覇気があります。非常に快活で生き生きしてるのです。旋律ものびのびと歌ってます。ホルンの軽い音色にかかるヴィブラート、これがまたフランス的で粋ですね。なかなかこの生命力はいいですね。
生命感と強い説得力がある録音が気がつけば半世紀経過しようとしている。録音1964年12月。
[notification type=”alert-info” close=”false” ]作曲/曲目 | |
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プッチーニ: | 歌劇《トスカ》全曲 |
Catalog: 英HMV:SAN 149-50
演奏者 | |
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パリ音楽院 | 管弦楽団 |
パリ国立 | 合唱団 |
マリア・カラス | ソプラノ |
カルロ・ベルゴンツィ | テノール |
ティト・ゴッビ | バリトン |
ジョルジュ・プレートル | 指揮 |
演奏と録音℗ 1965,カラスの 1964 年2回目ステレオ録音,リブ付
[/toggle] [toggle title=”コンディション”]コンディション1面9・11h音に出ないスレ・2面2h 18回出るスジある
[/toggle] [toggle title=”価格”]価格 | 31,500 円 |
アナログレコードの通販 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/e692819.html
[/toggle][/toggles]ウジ虫ってのはドブのような汚えところに沸くもんだ。
どうでぇ、この世の中は。こんなきたねぇ世間にしたのは、お上じゃないのかい。
そううそぶいて急ぎ働きをしようとして盗賊は捕らわれた。
後日、同心酒井が浮かぬ顔をしている。
「あの言葉が耳に残って仕方がありません。」
鬼平はそれに答える、「盗人にも三部の道理というもんだ。あの女を観てみろ。蛇の平十郎にすてられても、もう立派に生きている。」
その後で、名言として「俺のやり方は行き過ぎだと、上から避難されるだろう。どうお裁きを受けることになるかわからないけど、今の江戸じゃ。俺がしないで誰がやれる仕事だ」に注目が行きがち。
でも、わたしはその前の女を眺めながら軽い口調で言った言葉に真の返事があると感じる。ドブのような世間でも、弱い女は汚れてでも生きているんだ。
TVシリーズで観て、原作本を読むのが好きです。クラシック音楽の作曲家の生い立ちや楽器の歴史などをデータではなくストーリ建てで説明してあるのはよく読んでいて、歴女だろって言われることがあるけど世界史も日本史も疎い。戦国モノの話も太閤記が好きな様に、史実を読み解くのより時代小説となっているのを主に楽しんでいます。
鬼平犯科帳も劇画の方はパラパラとめくってみているくらい。御宿かわせみなどを時間の間で一話づつ読んでいます。
“鬼平犯科帳第1シリーズ第3話 蛇の目”のストーリーは、ある盗賊団の頭が死んだ。これまでまっとうな(?)盗人団だったので鬼平も厳しくは観ていなかった。残された子分は、頭がこれまで溜め込んでいたはずの大金を探すが見つからない。
とうとう、新しい頭を立てて押し込み働きをするようになった。そうなると鬼平も黙って見過ごせない。事前に押し込む家を知った鬼平は、女籠に乗せて配下を潜入させる。帰り籠には大金を載せ、付き添いの装いで家の主を逃した。
それを知らずに盗賊団は押し入った。そこに、鬼の平蔵が待っていた。
鬼平は一度、火付盗賊改方の長官の任を解かれている。しばらく後に再び人につくと前以上に過激になる。盗人を問答無用に一刀両断する権利は長官だけのものらしい。その際は同心に手を出すなと叱りつける。組織全体に咎めが及ばないようという思いもあるのだろう。でも、火付盗賊改方の乱暴さは大岡越前、遠山の金さんでは迷惑がられている。
お上が悪いから悪事を働いていいという道理はない。江戸の庶民たちは懸命に生きているじゃないか。
これは今にも言えることではないかな。去年、今年、気持ちの悪い事件が起こりすぎているけど国やマスコミだけが槍玉に挙げられるのはおかしい。
ヴィヴァルディ:四季
Lola Bobesco / Das Heidelberger Kammerorchester – Vivaldi : Die vier Jahreszeiten – SM 91917
品番 | 34-14347 |
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レコード番号 | SM91 917 |
演奏者 | ローラ・ボベスコ |
作曲家 | アントニオ・ヴィヴァルディ |
オーケストラ | ハイデルベルク室内管弦楽団 |
録音種別 | STEREO |
ジャケット状態 | EX |
レコード状態 | EX |
製盤国 | DE(ドイツ)盤 |
グレード(協奏曲) | ミディアム |
ヴァイオリンの妖精が、優しい音色で奏でる『四季』は愛の語らいに良い小道具。夜明けのコーヒー二人で飲もうと、あの人が言った・・・・レコードのカバーで笑顔のボベスコは変わらない。レコードが奏でる音楽も変わらない。44歳の時の演奏。澄みきった響き、美しい余韻に目頭が熱くなったが、近年接する『四季』の演奏に比べると全体的にゆっくりと展開していく。想い出ではノスタルジーでなく、珍しいほど、ちっとも変わっていない。この『四季』は例えるなら、香りはラベンダーかミント、シュガーたっぷりのハーブティ、真っ白な世界がカラフルになる奇跡の時間が流れる。ヴィヴァルディの『四季』に期待する楽しみのひとつは、過ぎ去った時間ではなく『止まった時間』に浸ることが出来ることでもあるだろう。
アナログレコードが主流だった時代の評判は高く、日本でも人気がありました。録音盤が少ないといわれるのはレーベル契約の関係で日本で紹介されなかったレコードが多かったのでしょう。本邦初登場と記されたCDが発売されたのは随分たってからの、この盤は『最高の名演』と評されてきたボベスコ&ハイデルベルク室内管の「四季」。
その音色は彼女ならではのもの。気品にあふれ、みずみずしく、優雅であたたかい。完璧なテクニックで迫る演奏には時に疲れる。だが、このローラ・ボベスコの演奏は奏者としてのテクニックは完璧に備えているにもかかわらず、その技巧は前面に出ず、持ち前の天性で、ひたすら愛をきれいな言葉で語りかけてくるという感じだ。
同曲はローラ・ボベスコの従弟、コンスタンチン・ボベスコのヴァイオリン独奏、ベルナール・トマ指揮パリ音楽祭室内合奏団の演奏での聞き比べはどうでしょう。
録音:1967年8月19,20日
セッション・ステレオ:ローゼンガルテン・モーツァルトザール、マンハイム
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銀文字ブルー・ラベル
商品番号 34-14347
価格 | 通販価格 |
今回価格 | 4,000円 |
楽器の仕組みはわからなくてもインターネット検索で学び、ボーカロイドで音楽をクリエイトできる現代。
YouTube からスターが誕生する時代だ。
カリアは子供の頃からトランペットという楽器に魅了されていた。そしてトランペットを活かした演奏をして生活したいと思い描いていた。
マッサは、電子音楽と生身の楽器のコラボレーションを夢見ていた。
ローカルのテレビ番組で二人はそれぞれに出演した。そして巡りあった二人は一目惚れをした。
カリアとマッサはそれ以来、毎週末にスタジオで一緒になった。お互いが溜めていたアイデアが二人の間で行ったり来たりバウンスされていく時間。
マッサはカリアのアイデアを音にし、カリアはマッサのプレイにレイヤーを追加し、組成物に即興の味わいをコラボレーションした。その自然の複雑さに聴いていて堪らなくなる。
音のマッピングは抽象的に漂うだけの作品となりますが、カリアのエレクトロニクスはマッサのトランペットを再生し、それらが分離すること無くとてもうまく絡み合っている。音色は全体に暖かくて、スリリングな展開はダイナミックな迫力もある。
言葉だけでは、ありがちなイメージを紹介する程度でしか無いことを聴くほどに思わされるばかり。
SAFFRONKEIRA + MARIO MASSA
CAUSE AND EFFECT
[CD|2xLP|DIGITAL]
Denovali Records
release 2014.1.14
気宇壮大の遊びとユーモアが大きく深呼吸しているのが、クナッパーツブッシュの「ウィーンの休日」。かの名ソプラノ、エリザベート・シュワルツコップが「無人島に持っていく一枚」と評した言葉だけが常套句のように使いまわされて各処で評価の話題に登りますが、これは20世紀のシュトラウス演奏の規範とは評価出来ないアルバムです。
《ウィーンの森の物語》は人間を暖かく迎えたり、時として人間に厳しさを思い知らせる森の風景。それはジークフリートがどこかでドラゴンの鼻ちょうちんを蹴たぐったようです。地味で素っ気無い無愛想とさえいえるヨハン・シュトラウスですが、辛口ではなく表現力は意味深く。スタイルを超越した灰汁の強い崩しは病み付きになるのだろう。
師走はワーグナーの楽劇、ベートーヴェンの第九で締めくくり。新年は早朝からゆっくり時間が取れればバッハのカンタータ『太鼓よ轟け、ラッパよ響け』だけを聴く。夜は毎年欠かしていないのがウィーン・フィルのニューイヤーコンサートです。
最後のアンコールで演奏されるヨハン・シュトラウス父作曲の「ラデツキー行進曲」が終わると、元旦が終わったと実感します。何年か前に緊急事態で演奏されないことがあった時、新年の始まりを感じられなくて“あぁ、自分にとってはけじめになる音楽なんだな”と認識した次第。日々の中でも、もうちょっとだ頑張れと自分自身を後押しするようなときには口三味線でメロディーをナゾッていることがあります。
ほろ酔い気分の息子たちのワルツと違って、父ヨハン・シュトラウスの人柄を感じられるような音楽。息子に音楽家になるな、と厳しかったのが目に見えるようです。
12月22日放送の、NHK-FM“きらクラ”は年内最後の放送でしょうか。お二人が選んで紹介してくれるコーナーでは新鮮な気持ちで改めて曲に接する機会を得られています。それ共々、新年も初めて出会う曲を楽しみです。ちょっと早いですが、メリー・クリスマス・アンド・ハッピー・ニュー・イヤー。
レコード、CD で親しんできた「ラデツキー行進曲」は管弦楽の主題で始まる。
鼓笛隊風に、リズミックな小太鼓が先導するようになったのはアーノンクールがニューイヤーコンサートに登場した時からではないでしょうか。
この曲は、父ヨハン・シュトラウスと息子の名前が併記してあることもあり、どのくらいの相違があるのか具体的な答えは持ってません。アーノンクールが指揮したウィンナ・ワルツの数々はどれも新鮮で、ちょうどミックスを作るのが面白かった頃だったので合いの手代わりにこの小太鼓のリズムを使ってポプリを作った思い出があります。
ラデツキー行進曲は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートにおいて、アンコールの掉尾を飾る曲として伝統的に使用されているが、この版は長年にわたって楽団員たちが手を加え続けたものであり、原典版とは大きく楽器法や音の強弱などが変化している。
ラデツキー行進曲がアンコールに演奏されてお開きとなるスタイルはいつから定着しているのでしょう。
ウィンナ・ワルツを聴くなら、ウィリー・ボスコフスキーの指揮で。DECCA の初デジタル録音だった二枚組の「ニューイヤーコンサート 1979」で「ラデツキー行進曲」は最後になっています。衛星中継ではなく録画放送だったと思いますし、家庭用ビデオはようやく普及していた時代ではないでしょうか。これが演奏会の全体をオーディオで楽しめるレコードとして発売され、名盤としてコレクター必聴の定番。
巨匠、クナッパーツブッシュ(1988~1965)はレパートリーの狭い指揮者でしたが、ヨハン・シュトラウスの音楽を面白おかしく聞かせてくれます。それは溺愛していたワーグナーや陶酔していたブルックナーでの彼からは想像できません。
で、彼のことばの中にこんなのがある。
諸君は何度もこの曲を演奏しているし僕も知っているから明日演奏会場で会おう。
クナッパーツブッシュ(1988~1965)
出会い頭のハプニング。千載一遇の録音として聴いてほしい。もちろん“明日演奏会場で会おう”と言えるのは指揮者と楽団員の親しさが深かったことがわかります。地味で素っ気無い無愛想とさえいえるヨハン・シュトラウスですが、辛口ではなく表現力は意味深く。《ウィーンの森の物語》は人間を暖かく迎えたり、時として人間に厳しさを思い知らせる森の風景。ジークフリートがどこかでドラゴンの鼻ちょうちんを蹴たぐったようです。
ツィターのコムツァークが加わる演奏ですが、ツィター奏者の息遣いがしっかり聞こえます。録音エンジニアはジェームズ・ブラウン。彼のいるステレオ録音チームに後に DECCA の看板と言われるケネス・ウィルキンソンが加わった時期で、色々ディスカッションしてマイクの配置などが決められたのでしょうね。
この「ウィーンの休日」は、まだまだステレオ再生装置が普及してない頃でモノーラル盤用の録音は別セットだったと言われています。
翌年に米RCAの名盤。ライナー指揮シカゴ交響楽団の「Vienna 美しく青きドナウ〜ウィンナ・ワルツとポルカ名演集」が登場。レコーディングには「ウィーンの休日」は意識され研究されたことでしょう。
クナッパーツブッシュ、ライナー盤共に伝説と言われている名盤ですが実際どのくらい2枚のレコードが意識されているのでしょう。かの名ソプラノ、エリザベート・シュワルツコップが「無人島に持っていく一枚」と評した言葉だけが常套句のように使いまわされていますが、その真実は。安易に言葉の表面だけを受け止めていると誤解に驚きます。
気宇壮大の遊びとユーモアが大きく深呼吸している。ライナー盤にもその存在は確信できるウィンナワルツです。
20世紀のシュトラウス演奏の規範とは評価出来ないアルバム。曲想の変化に伴ってテンポは弛緩し、予期せぬアクセント、隠されている対旋律の強調と流麗で華やかなイメージでは無いのに聴き手の心をくすぐります。スタイルを超越した灰汁の強い崩しは病み付きになるのだろう。
わがままが傑出したスケール豊かな好演。時代を超えた怪演として聴き継がれるだろう。
曲目:Side-1
曲目:Side-2
中古品につき売却済みの際はご容赦ください。
Amazon.co.jp での取り扱い開始日: 2013/9/24
Record Label | Black/Silver ‘grooved sideband’ labels “ORIGINAL RECORDING BY” at 11 o’clock |
Recording & Weight | ffss STEREO 1枚組 180g |
Release & Stamper | 3E/3E |
℗©1958, 9.58
価格 |
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中古市場での目安価格 | 30,000 円 |
販売価格 | 36,750 円 |
関東への配送料 340円。代金引換が利用できます。
The post 秘蔵盤 クナッパーツブッシュの「ウィーンの休日」 first appeared on Classical Notes.]]>遠藤真理さんの急なお休みで、ゲストにフルーティストの小池郁江さんを迎えてのフルートが魅力的な名曲や初めて聞く美しい曲の数々にうっとり。フルートの曲から出題されるかしら。そう思いながら聞いていたのに油断して出題に集中をするのを損ねるところでした。そのきらクラDON。答えはチャイコフスキー作曲、バレエ組曲《くるみ割り人形》から《葦笛の踊り》の冒頭でしょう。
前回の答え、バッハの無伴奏チェロ組曲でプレリュードとメヌエットが全く同じ音符で始まるニアピン賞が多かったので気をつけて聞くと《葦笛の踊り》も同組曲中の《中国の踊り》、《金平糖の踊り》と前奏部分だけで比べたら良く似ていますね。
複数のフルートが旋律を追いかけ合って綾成して行く《葦笛の踊り》は、フルーティストたちを魅惑する短くて繰り返し、繰り返し聴いても飽きない愛らしい名曲ですね。
小池郁江さんは東京都交響楽団のフルート奏者で、遠藤真理さんのご指名での出演となりました。
番組ではCDで市販されていないライヴ音源、生演奏を聞くことが出来ました。近頃のNHKの番組ならではの楽しみです。
某携帯電話のCMでおなじみのキュートな曲ですが、そのタイトルは組曲版で見受けられるタイトルでチャイコフスキーのバレエ《くるみ割り人形》では《フランスの踊り》というのをアーモンドのお菓子の妖精がおもちゃの笛を吹きながら踊ります。
http://www.mde.co.jp/ebravo/book/201307/embedskin/index.html?page=190&initEmbedSkin=218_334_1
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古巣のRCAからソニー・クラシカルに移籍しての第1作となった二枚目のヴィヴァルディ集から2年、たのしみな第3集が秋にリリースされた。第1作と第2作の間の開きはあった。
書いている途中でブラウザが落ちて書きかけが保存されなかったので途中から文脈が変わってしまっています。折を観ながら手直ししていきます。
第62回きらクラDONの回答は ラヴェル作曲 鏡から道化師の朝のうた 児玉桃
ニアピン賞は ドビュッシー 子供の領分から人形へのセレナード
前奏曲集第一巻から第9曲途絶えたセレナード
チャイコフスキー 花のワルツ
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