神よ、力を与えてください!・・・『アルフレード、この手紙が届く頃には・・・』
ヴィオレッタはアルフレード宛の手紙を書いて召使のアンニーナに託します。
帰宅したアルフレードに、その手紙が届く頃にはヴィオレッタはもういません。
『ああ!」
手紙を読んで、雷に打たれたかのような嘆き声を上げるアルフレード。振り返ると父ジェルモンがいます。叫びながらアルフレードは父の胸の中に飛び込みます。
「父さん!」
「息子よ!何を苦しんでいるんだ、涙を拭いなさい。そして、もう一度戻ってきておくれ。故郷の海と大地が待っている」。
プロヴァンスの海と大地を、誰がお前の心から奪ったのだ?
故郷の輝かしい太陽から、いかなる運命がお前を奪った?
苦しいのなら思い出せ、そこでは喜びに包まれていたことを。
お前の平穏は、そこにだけあるということを。
神のお導きなのだ!
年老いた父親の苦しみを、お前は知らないだろう、お前が去ってから、家中が悲しみに覆われていた、だが、お前に会えたのだから、希望が潰えなかったのだから、お前の名誉の声が、まだ聞こえていたのだから、神はお聞き届けくださったのだ!
父親の愛情に応えてくれないのか?[/two_third_last]
父親の願いどおりに故郷、プロヴァンスに変えるかと見えましたが、おっとどっこい。一波乱起こらなければメロドラマでも終われない。
アルフレードはテーブルの上に、フローラがヴィオレッタに出した招待状を見つけます。
「彼女はパーティーに行ったんだ!すぐにこの恥辱を晴らしに行くんだ!」
ヴィオレッタの女友達、フローラの屋敷。ちょうど仮面舞踏会が開かれている。
ヴィオレッタとあったアルフレードは復縁を迫るが、ジェルモンとの約束で真意を言えないヴィオレッタはドゥフォール男爵を愛していると心変わりを装います。アルフレードはそれに激高、借りは返したと札束をヴィオレッタに投げつける。自分の真意が伝わらず、みんなの面前で侮辱された彼女は気を失う。
一同がアルフレードを非難しているところに父ジェルモンが現れ、息子の行動を諌める。自分のやったことを恥じるアルフレードと、真相を言えない父ジェルモンの独白、アルフレードを思いやるヴィオレッタの独白、ヴィオレッタを思いやる皆の心境をうたい、ドゥフォール男爵はアルフレードに決闘を申し込んで第2幕を終わる。
自らを軽蔑に値させるのだ、怒りにかられたといえ、婦人を侮辱する者は。
私の息子はどこへ?見ることができない、お前の中に、アルフレードを見つけることが出来ない。
皆の中で私だけが知っている、彼女が胸に秘めた美徳を、私は知っている、彼女の誠実な愛を、だが、残酷にも黙っていなければ!
私は何をしたのだ!恐ろしい。
嫉妬と失恋で魂が引き裂かれ、分別を失くした。
彼女に許してはもらえぬだろう。
彼女を避けようとしたが、出来なかった!
怒りに駆られてここへ来たのだ!
だが、怒りをぶちまけた今、僕はなんて惨めなんだ!自責の念にさいなまれる。
アルフレード、アルフレード、私の心の内、全ては愛のためだとは、貴方には理解できないわね、貴方はご存知ないわ、私の愛がこれほどとは、軽蔑を受けてまでも、その証明をするほどとは!
でも、分かる時が来るはずです、どれほど私の愛が深かったのか。
その時は後悔の念から、神がお救いくださるように、私は死してなお、愛し続けます。
華やかな第一幕から、第2幕では艶やかな音楽と雰囲気に変わります。ヴィオレッタとアルフレードはお互いを求め合って華やかな生活を捨てて、パリの郊外のヴィオレッタの屋敷で静かに暮らすことを選んだのです。
オペラの中核部分で、1幕と3幕を合わせた長さの中でヴィオレッタ、アルフレード、そこにアルフレードを迎えに来た父親ジェルモンが情感豊かな歌と、心通わせる深い表現で魅了します。登場人物は3人だけ、それにヴィオレッタの召使のアンニーナが加わる。
アルフレードがヴィオレッタとの幸福な生活に酔いしれています。
彼女と離れていては、僕には何の楽しみもない!
もう三ヶ月が過ぎてしまった、ヴィオレッタが僕のために贅沢な暮らしや名誉、華やかな宴を捨ててから。
そこでは褒められるのがあたりまえで、皆が彼女の美しさの奴隷になるのを、眺めていたのに。
そして今は、ここの快適な暮らしに満足し、僕の為に全てを忘れている。彼女の傍にいると、僕は生まれ変わる感じがする。
愛の息吹で甦り、彼女の幸せそうな姿を見ると、全ての過去を忘れてしまう。
僕の燃える心の若き情熱を、彼女は穏やかに和らげてくれた、愛の微笑みで!
彼女が「貴方に忠実に生きたい」と言ったあの日から、この世のことを忘れ、天国にいるようだ。
そこへ召使のアンニーナが帰宅します。旅行用の服を着たアンニーナを見て、アルフレードが理由を尋ねるとパリに馬や馬車、持ち物を売却するために出かけていたと返事します。
ヴィオレッタは貴族のパトロンと手を切っていたので、彼女自身の財産を売却して生活費としていたのでした。
アルフレードは、それに気が付かなかった自分を恥じるとともに売ったものを取り戻そうとパリに向かいます。
玄関先の人の気配に、ヴィオレッタがアンニーナを呼びます。訪問者は郵便配達人です。召使のアンニーナがヴィオレッタ宛の郵便物を受け取って、ヴィオレッタのところへ運んできます。ヴィオレッタは郵便物に目を通すと、来客があることをアンニーナに告げます。
程なく来客。アルフレードの父親、ジョルジュ・ジェルモンです。
アルフレードが財産をヴィオレッタに贈ろうとしていることを知ったので、どんな女だろうと会いに来たのです。
ヴィオレッタはアンニーナがパリで売りに出した財産の書類を、父親に見せます。
『あなたは全財産を手放すおつもりなのか?』
『実に立派な心がけだ!』
ヴィオレッタの心情に感じ入るのですが、アルフレードには妹が居て縁談が来ている差し支えるから身を引いて欲しいと頼みます。
そうです。
天使のように純真な娘を、神はお与えくださった。
もしアルフレードが、家族のもとへ戻ることを拒むのなら、娘が愛し愛される青年は、そこに嫁ぐことになっている、あの約束を拒むのです。
私たちを喜ばせていた約束を、どうか愛のバラを、茨に変えないようにしてください。
貴女の心が、私の願いに抵抗しませんように。
ああ、嫌です絶対に!
ご存じないのですね、どれほど激しい愛情が、私の胸のうちにあるのかを?
私には友人も、身寄りもこの世にはいないということを?
アルフレードが、それらの代わりになると、誓ってくれたことを?
ご存知ではないのですか、私の体が病魔に侵されているのを?
すでに最後の時が近いというのを?
それでもアルフレードと別れろと?
ああ、あまりにも酷い仕打ちです、いっそ死んだほうがましです。
迫る父親と嫌がるヴィオレッタ。説得するうちにヴィオレッタの健気さに尊敬は抱くが、結婚話が来ている娘のことを思うと強気に出ざるをえない良い人物なんだけど、保守的な良識を離れることが出来ない父親の姿。ここでオペラのタイトルである「ラ・トラヴィアータ La Traviata = 堕落した女」が後悔と嘆きを込めてヴィオレッタの歌の中に出てきます。ヴィオレッタの生まれ素性はオペラの中で表立って登場しないのですが、ヴィオレッタが娼婦になって生きて行かなければいけなかったのは、江戸時代の花魁と同様な理由でしょう。
ああ、ですから諦めるのです、
そのような儚い夢を、そして私の家族の救いの天使になってください。
ヴィオレッタさん、考えてください。
まだ間に合うのですから。
若いご婦人よ、神様なのです、このような言葉を言わせ給うのは。
ひとたび堕ちてしまった女には、立ち上がる希望などないのね!
例え慈悲深い、神がお許しくださっても、人はそんな女に、容赦はしないんだわ
美しく清らかなお嬢様に、お伝えしてください、不幸にも犠牲を払う女がいると、一筋の幸せの光しか残されていないのに、お嬢様のために、それを諦め死んでゆくと!
ついに要求を受け入れ、ヴィオレッタは身を引くことを決心する。
ヴィオレッタを娘のように感じる父親、ジェルモンを本当の父親のように慕う娘。
娘として抱きしめてください、強くなれるでしょうから。
まもなく彼は、貴方様の許に戻るでしょう、言葉では表せぬほど傷ついて。早く戻って、彼を慰めてあげてください。
みんなが別室に移動して最後にヴィオレッタがついて行こうとした所で、彼女はめまいがして椅子に座り込む。そこにアルフレードが声をかけます。
『こんな生活をしていてはいけません。一年前からあなたを好きです。』
『そのお気持ちだけいただきます。本気にならないでください。』とヴィオレッタは返事します。
ええ 一年前からです。
ある日、幸せに満ちたように、私の前に稲光のごとく現れたのです。
あの日以来私は震えながら、未知の愛に生きてきたのです。
その愛はときめき、全宇宙の鼓動、神秘的にして気高く、心に苦しみと喜びをもたらす。
それならば私を避けてください。
貴方には友情のみを差し上げます。
私は愛を知りませんし、そのような尊い愛を受けることは出来ません。
正直に申し上げます。
他の人をお探しください。
そうすれば、私を忘れることは
難しくはないでしょう。
アルフレードと再会の約束に、椿の花を手渡すヴィオレッタ。一人残り、物想いにふける。
「不思議だわ」と純情な青年の求愛に心ときめかせている自分の心境をいぶかる。そして、彼こそ今まで待ち望んできた真実の恋の相手ではないかと考える(「ああ、そは彼の人か」)。
しかし、現実に引き戻された彼女は「そんな馬鹿なことをいってはいけない。自分は今の生活から抜け出せる訳が無い。享楽的な人生を楽しむのよ」と自分に言い聞かせる。(「花から花へ」)
彼女の中でアルフレードとの恋愛を肯定するもう一人の自分との葛藤に、千々に乱れる心を表す、コロラトゥーラ唱法を駆使した華やかな曲で第一幕は幕切れとなる。
おかしいわ!不思議ね!心の中に彼の言葉が刻まれている!
真実の愛は、私には不幸なのかしら?
私の乱された心よ、どうすればいいの?
今まで心を燃え上がらせる方などいなかった。
今まで知らなかった喜びだわ、愛し合うことなんて!
私はそれを退けることが出来るかしら?
不毛で愚かな私の生き方のために。
ああ、きっと彼だったのよ、喧騒の中でも孤独な私の魂が、神秘的な絵の具で思い描いていたのは!
彼は慎み深い態度で病める私を見舞ってくれて、新たな情熱を燃やし、私を愛に目覚めさせたんだわ。
その愛はときめき、全宇宙の鼓動、神秘的にして気高く、心に苦しみと喜びをもたらす。
無垢な娘だった私に、不安な望みを描いてくれたの、とても優しい将来のご主人様は。
空にこの人の美しさが放つ光を見たとき、私の全てはあの神聖な過ちでいっぱいでした。
私は感じていたのです、愛こそが全宇宙の鼓動であり、神秘的にして気高く、心に苦しみと喜びをもたらすと!
馬鹿な考え!これは虚しい夢なのよ!
哀れな女、ただ一人見捨てられた女、人々がパリと呼ぶ、人の砂漠の中に。
今更何を望めばいいの?
何をすればいいの?
楽しむのよ、喜びの渦の中で消えていくのよ。
私はいつも自由に、快楽から快楽へと遊べばいいの、
私が人生に望むのは、快楽の道を歩み行くこと、夜明けも日暮れも関係ない、華やかな場所で楽しくして、いつも快楽を求め、私の思いは飛び行かなければならないの。