きらクラDONは安寧な日々の暮らしを願うアヴェ・マリア ― マスカーニの歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》から「間奏曲」だ

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から間奏曲 Cavalleria Rusticana ( Intermezzo )

「第4回 BGM選手権スペシャル」・きらクラDONの出題は無しかと思ったら …

再放送は成人の日の朝になるから、「きらクラDON」のチャンスは日曜日の本放送だけかな。
いつもであれば、番組が始まって最初の音楽の後で「きらクラDON」のコーナーに成るのですが、すぐに「BGM選手権」のコーナーがスタート。
NHKの番組表を確認したら月曜日の朝の再放送はあることがわかった。
おやつの支度をしていたら、「きらクラDON」のコーナーが始まった。いきなり出題で戸惑った。そうだ、年末には出題がなかったのだ。だから答え合わせはなく出題だけが行われた。

第158回 きらクラ DON は、自作自演盤のあるオペラ!マスカーニ作曲、歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「間奏曲」の冒頭。

映画で使われていたクラシック音楽の全曲を聞きたいと相談を受けます。気にかけながら映画を楽しんでいますが、ギャング映画はちょっと苦手。でも、ゴージャスなオペラはよく使われていますね。
イタリア映画『ゴッドファーザー』の最後で使われているクラシック音楽が今日の解答ですね。ピエトロ・マスカーニ作曲 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナから間奏曲」。第158回のきらクラDONは、この冒頭ですね。

この歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』の舞台はシチリア地方。だからマフィアの映画で定番なのでしょう。ジョヴァンニ・ヴェルガの短編小説が原作で、小説の脇役が主人公になっています。プロスペル・メリメの小説が原作の『カルメン』も“僕”という第三者が、カルメンとホセの顛末を語っている。
映画『ゴッドファーザー』の映像も、ファミリーの繁栄と黄昏たそがれをカメラが傍観ぼうかんしている。

《間奏曲》は弦楽器のアンサンブルとハープの彩りにパイプオルガンが敬虔な祈りの精神を演出しています。オペラとしては上演時間が短い一幕物で、《間奏曲》では舞台転換は行われなくてハープとオルガンは舞台上にある。実際の演奏はオーケストラ・ピットにもあるハープが奏でますが、舞台装置として必要な存在です。

また、小説では血生臭い結末に至るまでリアルに描写されているトゥリッドゥとアルフィオの決闘シーンはオペラでは、教会でミサが行われたあと「トゥリッドゥさんが殺された」という女の悲鳴が2度響き、村人の驚きの声と共に決闘があったことが告げられて、幕。演出の手法としては発明と言って良いんじゃないかしら。ギャング映画のラストシーンが主人公の無残な死に様を直接描かないのに引き継がれているように感じます。

初演後3年間のうちに、イタリアの66都市、イタリア国外の62都市で『カヴァレリア・ルスティカーナ』は上演された大ヒットと成った。1時間ちょっとのオペラだけど、短いなりに観るものに考えさせる強烈さがあるのでしょう。作曲家自身が指揮をしたレコードが、それも二種類あることもクラシックでは珍しいのではないでしょうか。

わたしが初めて買った「カヴァレリア・ルスティカーナ」の全曲盤が、このマスカーニ自身の指揮で録音されたイタリア盤でした。ラジオで聞いた《間奏曲》を気に入って、オペラなら序曲やアリアはどうだろうとレコード店に出かけて行って購入を決めたものでした。日本語訳はついてなかったけど、短いオペラで話の流れは大体把握できていたからでした。それが輸入盤でオペラを聴くきっかけだったと言えそう。カラヤンの録音でも、日本語訳が出来てから日本盤が発売されていた時代ですし、随分と日本盤で紹介されていない未知のオペラ全曲盤があるのを知りました。

ピエトロ・マスカーニ作曲 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「間奏曲」

初演は1890年5月17日。このオペラは発表にあたって著作権で揉めました。このオペラの作曲の動機はソンゾーニョ社の一幕物オペラ・コンクール ー ソンゾーニョ・コンクール(第2回)の募集要項は、同社の雑誌“ Il Secolo ”誌および“ Il Teatro Illustrato ”誌の1888年7月1日号に掲載された。 ー の募集をマスカーニが知ったことに端がある。1等3,000リラ、仮に2等であっても2,000リラの賞金はイタリア南部チェリニョーラで音楽教師をしていたマスカーニの、ほぼ年収相当の金額を意味したし、ここで高評価を得れば彼がイタリア楽壇に再認識されるのも疑いなかった。

友人の協力で台本を得、マスカーニは著者ヴェルガのオペラ化許諾を得ないまま作曲を進めてしまっていた。著作権がどうこうなどあったかどうか、コンクールに提出する期限が11ヶ月しかなかったので作曲に取り組んで忘れてしまったのかもしれない。あるいはコンクールに応募する作品だから必要に思わなかったのかもしれない。
それでも、事後承諾を試みたとき、初めヴェルガは自身の戯曲を一字一句に至るまで忠実に再現することを望んだが、マスカーニは「これはあなたの『カヴァレリア』を忠実に再現するものです」と返答して了承を得た。両者が合意文書に署名したのはコンクール応募前の1889年4月になっていた。しかしそこで交わされた覚書は金銭面の具体性を全く欠いていた。これはオペラ作品が大成功を収めることをマスカーニもヴェルガも想像していなかったことの傍証ともなろう。二人も驚くほどのオペラの大ヒット。ヴェルガは訴訟を提起。ソンゾーニョ社がヴェルガに14万3,000リラを支払うことで和解成立となった。

これには尾鰭おひれが付く。約10年後、今度はヴェルガがドメニコ・モンレオーネなる作曲家に『カヴァレリア』のオペラ化を新たに許諾してしまう。モンレオーネ版は1907年にオランダ・アムステルダムで初演され、そこそこの成功を収めた、と伝えられる。
しかし今度はソンゾーニョ社とマスカーニから同作品の上演停止を裁判所に訴え、今回は彼らの全面勝訴となりモンレオーネ作品の以後の上演は ー 少なくともイタリア国内では ー 禁止となった。斯くも上演権は血なまぐさいことは起こらなかったが、出兵中に恋人が別の男と結婚していて、男二人が決闘で一人の女性を自分のものとするオペラのストーリーを髣髴ほうふつとさせる。

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